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福岡地方裁判所 昭和53年(ワ)205号 判決

原告

長谷川治

被告

佐々木忠吾

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

「被告は、原告に対し、金二、一〇〇万円および内金一、九〇〇万円に対する昭和五一年七月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一  本件事故の発生

(1)  日時 昭和五一年七月二二日午前八時五〇分ころ

(2)  場所 北九州市門司区和布刈公園道路下り線中腹

(3)  加害車 被告運転の普通乗用自動車(デボネア。以下、本件自動車という。)

(4)  被害車 原告運転の自転車(ロードレーサーモデル一〇段変速、ドロツプハンドル二七インチ。以下、本件自転車という。)

(5)  態様 被告は、本件自動車を運転して和布刈公園下り線道路(一方通行)を進行していた際、右後方から接近し並進状態になつた本件自転車を運転していた原告の身体左側に自車右側ボデイを接触させたため、原告はコントロールを失い、道路右端のガードレールに衝突し、負傷した。

二  原告の傷害

1  原告は、本件事故のため、顔面挫滅創、頭蓋底骨折脳挫傷、全身打撲の重傷を負い、昭和五一年七月二二日から同年九月八日まで門司労災病院に、同年九月八日から同年一〇月一八日までおよび昭和五二年八月一五日から同月二七日まで北九州市立小倉病院に各入院して治療・手術(二回)を受け、昭和五一年一〇月一九日から今日まで通院加療中である。

2  原告は、本件事故による傷害のため、右視神経が萎縮し、右眼視力〇・〇三(矯正不能)と著しく視力が低下し(後遺障害等級九級)、また、顔面にも著しい醜状を残す(後遺障害等級一二級)という後遺障害がある。

三  責任原因

被告は、本件自動車を所有し、これを自己の運行の用に供していた。

四  原告の損害

1  慰藉料 金五五〇万円。

原告は、本件事故のため、合計一〇二日間の入院治療を受け、さらに昭和五一年一〇月一九日以降一六ケ月以上の通院治療を余儀なくされているのみならず、前記のような後遺障害を残している。学校生活を送り、青年期を迎えつつある原告にとつて、右による精神的苦通は極めて大きく、その慰藉料としては少くとも金五五〇万円が相当である。

2  逸失利益 金一、三五〇万円

原告は、昭和三五年四月二日生れで、本件事故当時満一六歳であつたが、本件事故による後遺障害により、労働能力の四五パーセントを喪失した。満一八歳に達する昭和五三年四月二日以降の逸失利益額を、男子労働者の平均賃金(昭和五〇年度の平均賃金を一〇パーセント加算して計算)によりホフマン係数を乗じて算出すると、右は金一、三五〇万円を下らない。

(1,137,200×110/100)×45/100×24,416=13,744,108円

3  弁護士費用 金二〇〇万円

五  よつて、原告は、被告に対し、右損害金二、一〇〇万円と内金一、九〇〇万円に対する本件事故の翌日である昭和五一年七月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁および抗弁)

一  答弁

請求原因一の(1)ないし(4)の事実、同(5)のうち、原告運転の本件自転車が道路右端のガードレールに衝突し、原告が負傷したこと、被告運転の本件自動車が和布刈公園下り線道路(一方通行)を進行していたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

請求原因二の1の事実は不知、同2の事実は否認する。

請求原因三の事実は認める。

請求原因四の事実は否認する。

二  免責の抗弁

1  本件事故は、原告が本件自転車に乗つて本件自動車を追い越そうとしてスピードを出しすぎたため、左カーブを曲り切れず、ガードレールに衝突し転倒したことによつて発生したものであり、原告の一方的過失によるものである。

2  本件自動車には、構造上の欠陥および機能上の障害はなかつた。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  請求原因一の(1)ないし(4)の事実、同(5)のうち原告運転の本件自転車が道路右端のガードレールに衝突し原告が負傷したこと、被告運転の本件自動車が和布刈公園下り線道路(一方通行)を進行していたこと、および請求原因三の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  いずれもその成立に争いがない甲第四号証、第六、七号証、第八号証の一ないし一八、第九ないし一二号証、第一三号証の一ないし六、第一四ないし一六号証、第一八号証、証人兼築良介の証言によつてその成立を認める甲第三号証、証人兼築良介、佐々木静代、鋸谷寿の各証言、原、被告各本人並びに原告法定代理人長谷川矩誼の各供述および弁論の全趣旨に前記当事者間に争いがない事実を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定に反する前掲各証人並びに本人の各供述部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  原告は、本件事故当日の午前七時ころ、友人の兼築良介とともに、それぞれの自転車に乗つて家を出、目的地の和布刈公園を目指し、午前八時前ころ和布刈公園の頂上付近に着き、ベンチに坐つたりして休んでいた。

(2)  原告は、小学生のころから自転車に乗ることが好きで、小学四年生のころから自転車に乗つて良く和布刈公園まで来ており、本件事故前ころは、毎週のように来ていた。和布刈公園に来るときのコースは、いつも大体同じであり、本件事故現場もいつも通る場所であつた。

本件事故当時、原告が乗つていた自転車は、一〇段切替の高速性能の自転車(軽快スポーツ車)であり、本件事故の二週間位前に購入したばかりのものである。

なお、原告は、将来、競輪選手になることを希望していた。

(3)  原告と兼築が頂上付近で休憩していたところ、両名の前を被告運転の本件自動車(デボネア)が通過していつた。そこで、原告と兼築は、「あのデボネアを追い越そう」と話合い、直ちに自転車に乗つて発進し、約一二〇メートル先を進行するデボネアを追いかけた。

初めは、兼築が先行し、原告はその後に続いていたが、途中で原告が兼築を追越し、兼築は原告の後方約一五ないし二〇メートルの所を追尾し、両者はほぼそのままの距離を保ちながら走行した。原告と兼築の自転車の速度は、時速約四〇ないし五〇キロメートルであつた。

(4)  右道路は、和布刈山頂から和布刈塩水プールに向う下り勾配(一〇〇分の七)のコンクリート舗装された道路(市道)であり、カーブが多く、幅員は、広い所で八メートル前後の所があるものの、おおむね約五・五ないし六・六メートル位であり、下り専用の一方通行道路で、最高速度は時速三〇キロメートルと制限されている。

(5)  頂上付近から約四二〇メートル下りた地点付近で、原告と兼築は、先行するデボネアに追いついた。デボネアと原告の自転車との距離は約三〇メートルであり、兼築は原告の後方約一五メートルを走行していた。

原告は、デボネアを追越すべく、スピードをややあげて約五~六〇メートル進行してデボネアに接近し、本件事故現場にあるカーブの手前約二〇メートル付近の横断歩道付近では、デボネアの右後方約一・八メートルまで接近した。被告運転の本件自動車の速度は、時速約二〇キロメートルであつた。

(6)  本件事故が発生した現場は、右道路が直角に近いくらいの鋭角度に左にカーブした場所であり、その車道の幅員は、前記横断歩道付近で五・五メートル、カーブの頂点付近で六・六メートルである。

車道の右側には高さ約一・二メートルのガードレールが設置されており、その右側は幅約一・二メートルの歩道であり、さらにその右側は別のガードレールを隔てて崖下となつており、海を見下すことができる。

道路の左側は、高い崖になつている。

(7)  原告は、カーブにさしかかる直前あたりでデボネアと並進し、速度を約四〇キロメートル位に落して、デボネアを追越そうと試みた。

他方、被告は、同所が鋭角度に左にカーブしているため、若干速度を落しながら本件自動車を右側に寄せ、ふくらみながらカーブを曲ろうとした。

このため、原告は、本件自動車とガードレールにはさまれる形となり、時速四〇キロメートルという高速度で走行していたうえ、同所が下り坂の急カーブであつたことなどから、気持も動転し、ハンドル操作を十分にとることができず、カーブを曲り切つたあたりで、本件自転車に乗つたまま道路右側のガードレールに激突したものである。

(8)  兼築は、原告の後方約二〇メートルを走行し、原告とは反対側の左側から本件自動車を追越そうと試み、カーブの頂点付近で本件自動車の左側に並進し、その状態で少らく進行したとき、「ガシヤツ」という金属音を聞き、約一三メートル進行して自転車を停止させ、ふり返ると、原告の自転車が道路上に倒れており、原告は道路上に坐り込んでいた。本件自動車は、兼築の後方約六メートルの所に停止していた。

(9)  本件自動車には擦過痕等は全くなく、本件事故直後には、原告は自己の身体又は自転車が本件自動車に接触したとは全く述べていないことに照らすと、原告の身体もしくは自転車と本件自動車とは、接触していないものと考えられる。

(10)  本件自動車は、車体の長さ四・六七メートル、幅一・六九メートル、高さ一・四七メートルであり、本件事故当時、ハンドル、ブレーキともに正常であり、構造上および機能上の欠陥はなかつた。

本件自転車は、車体の長さ一・六八メートル、幅〇・四メートル、高さ〇・九八メートルであり、ハンドル、ブレーキともに正常であつた。

(11)  被告は、前記横断歩道の手前約四六メートル付近において、後方から接近してくる二台の自転車を認めたが、右自転車が本件自動車を追越そうとしているとは気付いていない。

三  以上認定の事実を総合して判断すると、本件事故発生の原因は、原告が無理な追越しを試みたことにあることは明白である。

1  即ち、前記のとおり、本件道路は、下り専用の一方通行道路であり、かつ、最高速度が時速三〇キロメートルと制限されていたこと、本件事故現場付近は、車道の幅員が五・五ないし六・六メートルと狭く、かつ、一〇〇分の七というかなりの下り勾配の道路であるうえ、ほぼ直角に近く鋭角度に左にカーブしている場所であること、しかるに、原告は、時速四〇キロメートルの高速度で自転車を走行させ、右カーブにさしかかる直前において本件自動車の右側からこれを追越そうとしたものであり、右のような状況下で、自転車が先行する自動車を追越そうとすることは極めて危険な行為であり、無謀というべきである。

2  他方、被告は、後方から接近してくる自転車二台を約四六メートル手前で認めていたのであるが、前記のような状況下においては、先行する自動車の運転手に、後方から自転車が無理な追越しをしてくるかもしれないと予見させ、かつ、その結果を回避させるべき注意義務を期待することは、信頼の原則に照らして酷であり、法的に不可能というべきである。

また、被告は、右の急カーブを曲るに際し、自車の進路を右寄りに変えたのであるが、このような運転操作も前記状況下においては当然の措置というべきである(そうしないと、被告自身が右のカーブを安全に曲り切ることができなくなるおそれがある。この点については、原告自身も原告本人尋問の中でこれを認める供述をしている。)。

3  よつて、本件事故は、原告の一方的な過失によつて発生したものであり、被告には過失はないというべきである。

そして、本件自動車には、構造上および機能上の欠陥がなかつたことは前記認定のとおりであるから、被告は、本件事故の発生については、自賠法三条但書によつて免責されるというべきである。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないのでこれを棄却することにし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武内大佳)

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